「処遇確保の義務化」で問われるドライバー評価制度

「処遇確保の義務化」で問われるドライバー評価制度

フワッとした法律の中身を、現場目線で読み解く

2025年6月に公布されたトラック適正化二法(いわゆるトラック新法)には、社労士として見逃せない条項が含まれています。それが「運送業労働者の適切な処遇の確保」——通称・処遇確保義務化です。ところが、これが驚くほどフワッとしている。今回はこのテーマを、ドライバーの賃金制度設計を専門とする立場から読み解いてみます。

法律は何を言っているのか

改正法の条文を噛み砕くと、こう書かれています。「貨物自動車運送事業者は、労働者が有する知識や技能などの能力を公正に評価し、その評価に基づいて適正な賃金を支払わなければならない」。

一読して「なるほど」と思う反面、すぐに疑問が湧きます。「公正な評価」とは何か?「適正な賃金」とはどう算出するのか?法律の条文はそこまで踏み込んでいません。詳細は「今後省令で定める」とされており、現時点では具体的な運用基準が存在しない、いわば骨格だけの規定です。

背景を整理すると、トラック運送業は長年、過当競争と多重下請け構造の中で、ドライバーの賃金水準が構造的に抑え込まれてきた業界です。今後数年以内の施行を目標に、適正原価を下回る運賃の禁止と抱き合わせで、この処遇確保義務が設けられました。運賃を上げるだけでなく、その原資がドライバーの賃金に還元される仕組みを担保しようという意図があります。

「評価制度」に潜む落とし穴

ここで私が強く感じるのは、この「評価制度」という言葉に引っ張られて、一般的なホワイトカラー向けの人事評価をそのままドライバーに当てはめようとする動きへの警戒感です。

「積極性がある」「前向きに取り組んでいる」「チームへの貢献度が高い」——こうした評価項目は、オフィスで日常的に部下の行動を観察できる管理職がいて、初めて機能するものです。ドライバーの仕事は根本的に違います。

ドライバーは、一度ハンドルを握れば誰にも見えないところで仕事をしています。管理者が直接目にするのは、出発前と帰着後のわずかな時間だけ。一見無愛想に見えるドライバーが、実は荷主先では丁寧に挨拶し、誠実な仕事を積み重ねているケースはいくらでもあります。しかし、そうした姿は管理者の目に届かない。「見えない」仕事に、「見た目」で判断する評価を持ち込むことは、公正どころか新たな不公平を生みかねません。

曖昧な評価項目が持ち込まれると、何が起きるか?評価者によって結果がぶれる、つまり「Aさんが評価すれば高く、Bさんが評価すれば低い」という状況が生まれます。これは、黙々と現場を支えるドライバーにとって、非常に納得しにくい制度です。真面目に安全運転を続け、荷主先で誠実に対応している人が、管理者との関係性や印象で評価が左右される——そんな制度設計は、現場の信頼を損なうだけです。

では、何を評価軸にすべきか

私が推奨するのは、「評価者によって結果が変わらない、客観的指標だけで評価する」という設計思想です。具体的には、次のような要素を中心に据えることを勧めています。

  • デジタコスコア(急加速・急制動・速度超過など、数値化された安全運転実績)
  • 出勤状況(遅刻・欠勤・早退の客観的な記録)
  • 法令遵守の実績(交通違反・事故の有無と内容)

これらは、管理者が誰であっても、評価のタイミングがいつであっても、同じ結果が出ます。属人性が排除されることで、ドライバーにとって本当に公正な評価が実現します。

評価制度の設計において「曖昧さ」は、ときに善意で導入されます。「人柄も評価したい」「頑張りを認めたい」という気持ちは理解できます。しかし、見えない現場で孤独に働くドライバーにとって、曖昧な評価は納得感を生まず、むしろ不満の温床になりやすい。シンプルで透明な基準こそが、信頼される賃金制度の土台です。

省令整備を「先回り」する好機

処遇確保義務の詳細は、今後の省令で定められます。つまり、今はまだ「答え」が出ていない状態です。しかしこれは、裏を返せば、各事業者が自社の実態に合った評価制度を今のうちに設計し、省令施行に備える「先行者優位」を取れる局面でもあります。

社労士として運送事業者に伝えたいのは、「省令が出てから動く」ではなく、「評価の骨格を今から作っておく」という発想です。客観的指標に基づいた評価制度を整備することは、法令対応であると同時に、ドライバーの定着率向上や採用競争力の強化にも直結します。

「公正な評価」と「適正な賃金」——法律はそう書いていますが、その中身は事業者と専門家が一緒に作っていくものです。フワッとした規定だからこそ、現場を知る専門家が介在する意味があります。ドライバーの賃金制度設計に取り組む皆さんの参考になれば幸いです。