「自分で稼ぎを増やせないなら、歩合給じゃない」─ドライバーの主張を裁判所はどう裁いたか

「自分で稼ぎを増やせないなら、歩合給じゃない」─ドライバーの主張を裁判所はどう裁いたか

最近、とても興味深い裁判例を見つけました。トラックドライバーの賃金をめぐる裁判なのですが、「歩合給とは何か」という根本的な問いに切り込んでいて、労働問題を考えるうえでとても示唆に富む内容です。

珍しい「距離歩合制」をめぐる争い

この会社は、走った距離に応じて給与が変わる「距離歩合制」を採用していました。運送業界の中でもかなり珍しい賃金体系です。一般的には売上金額や配送件数をベースにするケースが多いなか、距離で計算するというのは独自の仕組みですね。

なぜ「歩合給かどうか」が裁判になるのか。それには理由があります。歩合給か固定給かによって、残業代の計算方法がまったく変わるからです。歩合給の計算式を使うと、固定給の場合と比べて残業代が8割減になるケースもある。会社側にとっても、ドライバー側にとっても、死活問題なのです。

ドライバー側の主張 ─「これは歩合給じゃない」

ドライバー(原告)の主張はシンプルです。

「私たちは配車係が決めたコースを走るだけ。自分の努力で走行距離を増やすことなんてできない。だから、これは歩合給とは呼べないはずだ。」

確かに、一見すると説得力がある主張です。「歩合給」と聞けば、頑張れば頑張るほど稼げる仕組みをイメージしますよね。コースが決まっていて走る距離が変わらないなら、それは固定給と変わらないのでは?——そういう考え方です。

裁判所の判断 ─「成果」をもっと広く捉えよ

しかし裁判所は、ドライバー側の主張を退けました。判決文は難解な言葉で書かれていますが、要するにこういうことです。

「歩合給というのは、労働者が自分の裁量だけで成果を増やせるものに限定されるわけではない。”成果”はもっと広い意味で捉えてよい。だからドライバーの主張は認められない。」

つまり、「自分でコントロールできる成果だけが歩合給の対象」という考え方は採用されなかった、ということです。

考えてみれば、誰だって「完全に自分だけの成果」なんてない

この判決を読んで、私はこんなことを考えました。

たとえば営業マン。歩合給の代表格ですよね。でもよく考えると、売る商品は会社が決めます。担当エリアや顧客リストも、ある程度会社が割り振ります。完全に自分の自助努力だけで成果をコントロールできているわけではありません。

もし「自助努力で成果を変えられること」を歩合給の絶対条件にしてしまったら——世の中のほぼすべての歩合給が否定されてしまうことになります。

完全に自分の努力だけで成果を左右できるサラリーマンなんて、どこにも存在しない。その現実を前提にすれば、裁判所の判断は非常に合理的とも言えます。

賃金の仕組みは、思った以上に奥が深い

「歩合給か固定給か」——シンプルな問いに見えて、その答えは残業代の計算や労働者の生活に直結する重大な問題です。そして今回の裁判が示したのは、「歩合給」の定義は私たちが直感的にイメージするよりもずっと幅広いということでした。

運送業界で働く方、あるいは歩合給制度のある職場で働く方は、自分の賃金体系がどんな根拠で設計されているかを一度じっくり確認してみるのもいいかもしれません。