期間や条件には差があると思いますが、入社時に試用期間を設けていない会社はほぼないでしょう。
しかし、この試用期間。法律と社長の認識には大きな差があるのです。
今回は、試用期間の解釈を誤り、その対策に追われたA運送のA社長の事例を紹介します。
目次
◆入社時から問題行動を繰り返すB男…
「社長。お話があるのですが」
週末の配送業務が一段落し、ホッと一息ついたA社長に声をかけてきたのは配車担当のリーダー格であるC男です。
「まさかC男が退職の申し出ではあるまい」
そう思いながら腰を掛けたA社長は、C男の言葉を聞いて大きなため息をつきました…
「B男のことですが…」
「またか…」
A社長はうんざりとした気持ちになりました…
B男は、2カ月前に入社したドライバーです。
忙しいなか、一生懸命求人票を書き上げて、何とか採用できたB男でしたが、入社以来ずっと、問題行動が続いていました。
「社長。ちゃんとB男には注意してくれているのですか?今朝もたった10分とはいえ無断で遅刻。私たちも熱心に指導をしていますが、全く仕事を覚える意欲が感じられません。運転技術の覚えが遅いのは良いのです。それは個人差がありますから。B男は『覚えよう!』という意欲が全く感じられません。他のドライバーも参っていますよ!」
「分かったよ。私からも言っているのだが…近いうちにもう一度話してみるからもう少し我慢してくれないか?」
◆かみ合わないB男との面談
週明けの昼休み、A社長はB男を呼びだしました。
これまでA社長が感じた内容や他のドライバーから聞いた点などを伝えながら、必死に改善を促しました。
「はぁ…」
B男は生返事を繰り返すばかり…
これ以上続けてもムダだ…
「とにかく心を入れ替えて頑張ってくれよ…」
諦めたA社長は最後の言葉を振り絞って、B男を送り出しました。
◆我慢が限界のドライバーたち
当然と言えば当然ですが、B男の態度は一向に改まりません。
A社長との面談後2週間が経ちましたが、その間だけでも3度の無断遅刻。
荷主さんからのクレームは1日1度で済めば良い方です…
その度に他の社員たちは平謝り…
A社長の耳にもその噂は入り、いよいよB男が遅刻で不在の朝礼で全ドライバーの不満が爆発しました。
「もう私たちは我慢の限界です!私たちを取るのか?B男を取るのか?社長、選んでください!」
選べるものなら簡単だ。B男以外のドライバーたちを選ぶに決まっている。
しかし…話はそう簡単ではないのだ…
A社長も労働関係のセミナーには参加経験があります。
簡単にドライバーを解雇できないことは知っていました。
頭を抱えるA社長はふと思いつきました。
「そうだ!まだB男は入社して短い。入社して一定期間は試用期間のはずだ!試用期間中であれば、解雇しやすいはずだ!」
早速机の奥から就業規則を取り出しました。
「まだ試用期間中であってくれよ…」
祈るような気持ちで、分厚い就業規則の中から試用期間の文字を探します。
「あった!」
やっと見つけた社長の表情が輝きました。
そこには試用期間は3か月と記載されていました。
「B男の入社から2カ月半。ギリギリ間に合った!これでB男を辞めさせることが出来る!」
一気に希望の光が見えましたが、流石に冷静なA社長です。
ふと落ち着いて考えました。
「きっと試用期間中は解雇しても問題ないはずだ。でも、より確実に労使トラブルを防ぐために、試用期間満了で本採用しないという形にした方が良いだろう。」
幸いB男の入社からは2カ月半が過ぎようとしていました。
「あと半月だけ待ってみよう。その方がきっとリスクは少ないはずだ。」
A社長は安心して就業規則を机の奥に戻しました。
◆外堀を埋める
慎重で冷静なA社長は、一晩かけてスケジュールを組みました。
そして、翌朝からいよいよ行動をスタートします。まずは他のドライバーへの報告です。
幸か不幸か?今日もB男は無断遅刻です。
朝礼の場でA社長はおもむろに発表します。
「B男の件だが。B男は現在試用期間中だ。当社の就業規則では、試用期間は3か月となっている。つまり、B男はあと半月で正式採用になるのだが、当社のドライバーとして不適格と判断して、正式採用を見送ろうと思う。異議のあるものはいるかね?」
異議のあるドライバーなどいるわけがありません。
「異議なしということで。試用期間中でも解雇は出来るはずだが、余計なトラブルに巻き込まれないように、試用期間満了までは雇おうと思う。申し訳ないが、あと半月だけ我慢してくれないか?そして、その期間のB男への接し方は十分に気を付けて欲しい。当社を辞めた後にパワハラで訴えられても厄介だ。あと半月の我慢だ。よろしく頼む!」
頭を下げるA社長に不満を見せるドライバーもおらず、全員がホッとした表情を見せていました。
そんな異様な朝礼が終わるころ、何食わぬ顔でB男が出勤してきました。
「おはよう!」というA社長の挨拶に返事もせずに。遅刻を周りのドライバーに詫びることもなく。
「あと半月の我慢だ!」
A社長と各ドライバーはそう思いながら、それぞれの持ち場についたのでした。
◆B男からの思わぬ反撃
いよいよB男の試用期間満了の日を迎えました。
その日に面談する旨は事前にB男には伝えています。全ての準備が万端のはずです。
「3か月間の試用期間お疲れ様。一生懸命働いてくれたのは分かるのだが、君の働きぶりを評価して、当社の正規ドライバーとしてふさわしくないと判断しました。正式採用は見送らせて頂きます」
出来る限り感情を抑えて、A社長は冷静に伝えました。
「やっと終わった…明日から平穏な毎日が戻るのだ…」
そう思ったA社長は、B男の言葉に面食らってしまいます。
「試用期間って何ですか?試用期間が3カ月なんて今初めて聞きましたよ。どこに書いているのですか?」
「ちゃんと当社の就業規則に書いているよ。ほら!この部分に」
A社長は、机の奥から就業規則を取り出し説明しました。
「社長。労働法をご存知ないのですか?就業規則は常にドライバーが見えるところに置いていなければ無効ですよ。そんな机の奥に置いているのは意味ないですね。だから、私は既に正式採用された正規ドライバーです。そうなると試用期間満了ではなく解雇ですよね?私の解雇の理由を説明して下さい!解雇予告も必要ですし、即時解雇なら解雇予告手当の支払いも必要ですよ。社長が正当な理由を説明できないのであれば、私は不当解雇で訴えます。それでも私を解雇しますか?」
B男は、これまで問題行動は多かったが、決して自己主張が強いタイプではありませんでした。
注意をしても生返事ばかりで響いている感じは全くなかったのですが、強い口調で口答えするようなことはありませんでした。
そのため、A社長は、今回のB男の反撃を全く予想していなかったのです。
呆気にとられるA社長に対して、理解不能の労働法の専門用語をまくしたてたB男は、社長室を出て行ってしまいました。
次の日から出勤することはなかったB男でしたが、B男の代理人を名乗る弁護士事務所からの通知が届いたのは、面談から2週間後のことでした…
◆憔悴しきったA社長
憔悴しきったA社長からの電話を受けた社労士はただ事ではないと感じ、早速A運送を訪問しました。
弁護士からの通知に一通り目を通し、A社長からの説明を聞いた社労士は静かにA社長を慰めます。
「今回は大変でしたね。正直言って、確信は持てませんが、B男は確信犯でしょう。こういった行為を行く先々で繰り返すドライバーは、残念ながら存在します。突然態度が豹変し、勉強熱心なA社長でも理解できない専門用語をまくしたて、早急に弁護士を手配するなんて、普通のドライバーにはとても無理ですよ。残念ながら運が悪かったですね…」
「今回は試用期間満了を狙っていましたが、入社後14日以内は大人しく働いていて、15日目から態度が豹変するドライバーもいます。15日を過ぎると解雇予告手当の支払いが必要ですからね。」
「何ですかそれは!そんな奴らは経営者をバカにしているのですか!」
「とりあえず落ち着きましょう。感情的になっても意味がありません。取り急ぎ、現状の解決に向けて話し合いましょう」
「失礼しました。確かにそうですね。まず何をすれば?」
「現状の解決と言っても…弁護士さんが入ってきた状態では、こちらも弁護士さんを立てるしかありません。A社長は知り合いの弁護士さんはいますか?」
「今はちょっと思いつきません。伝手をたどればいるかもしれませんが…ただ、その弁護士さんが労使トラブルに強い先生かどうかは分かりません…」
「それでは、A社長がよろしければ、私の顧問弁護士を紹介しますよ。私の顧問弁護士は労働関係専門で、100%使用者側に立つ弁護士事務所です。きっとA社長の力になってくれますよ」
「お願いします…」
◆失敗を次に活かすために
1カ月後、A社長からの電話が鳴りました。
以前の憔悴しきった様子からはだいぶ明るい声になっています。
「先生に紹介して頂いた弁護士先生から連絡がありまして、何とか示談でまとまりました。ありがとうございました!」
「とりあえず良かったですね。今後はこんなトラブルに巻き込まれないための対策が必要ですね」
「本当ですよ!こんなトラブルはまっぴらです。当社の改善点は何ですか?」
「それでは、就業規則を見せてもらえますか?」
自分の机の奥の方から就業規則を取り出すA社長を社労士は見逃しませんでした。
就業規則を一通り見て、社労士は改善点の指摘を始めました。
A社長はその多さにあっけにとられるだけでした…
一通りの指摘が済んだ後、社労士は最後に言いました。
「ところで社長。就業規則はいつもその机の中に入れていますか?」
「ええ。いつもここに入れて、必要な時に取り出して見ています」
「まずはそれを改善しましょう。就業規則をどんなに完璧に直しても、常にドライバーが見られる状態にしておかなければその就業規則は無効と判断されてしまいます。今後は休憩室に置くなど、保管場所には気を付けて下さいね」
「そういえば、B男もそんなことを言っていた気がします。そうなのですね…それではまずそこから改善します!」
◆今回の件から学べる3つの実践ポイント
1.就業規則は常にドライバーが見られる場所に
労使トラブルを起こさないための基本は、運送会社を守る就業規則を整えることです。しかし、どんなに完璧な就業規則を作っても、社長の机の奥に眠っていては意味がありません。就業規則はドライバーに周知されて初めて効力を発揮します。常に置き場所には気を配りましょう。
2.就業規則の確認を行う
現状の就業規則を確認しましょう。試用期間の条文でよく見られる問題点や試用期間に対する誤解が多い点は以下の通りです。
- 実は試用期間というのはあまり意味がないとも言われています。試用期間中や試用期間満了で辞めさせやすいというのは、都市伝説的なものです。試用期間中や試用期間満了でも、正規ドライバーの退職問題と同じように慎重に扱いましょう。ただ、最近の裁判例を見ていると、以前と比べて、試用期間満了での正式採用拒否が認められやすくなっている傾向は見られます。
- 試用期間は意味がないと言っても、試用期間を就業規則に書くことには意味があります。まずは、就業規則に書いていることによって、ドライバーへの説明がやりやすくなります。根拠条文があるかどうかで説得力が格段に違います。
- 試用期間の中断条文は必要です。試用期間中にケガや病気で一定期間休む場合、正規ドライバーとしての適性を見極められないまま試用期間満了を迎えてしまうことがあります。ケガや病気で何日以上休む場合は試用期間が中断するという決まりは必要です。
- 試用期間の延長条文は必要です。最近は、試用期間満了での正規採用拒否は裁判で認められやすくなったと書きましたが、それでも運送会社の雇用継続への努力はしっかりとチェックされます。正規ドライバーとしての適性が見極められない場合に、一定期間試用期間を延長して、その期間に教育指導を熱心に行ったが、やはりダメだったという運送会社の努力した実績は会社側に有利に働きます。
- 試用期間満了時に、正規ドライバーとしての適性を判断すると思いますが、その際の判断基準は必要です。何を基準に正式採用を見送ったのか?が条文内にあれば、ドライバーへの説得力が増すでしょう。更に、中途採用者、一定程度の運転経験や技能を期待して採用した場合は、その点も書いておくことによって、正式採用に向けてより高いハードルを設定することも可能です。
3.入社時の説明を慎重に
労使トラブルを避けるには、いかに入社時の説明を充実させるかが大きなポイントです。今回、A社長は、入社時の説明を口頭でやっていたようです。就業規則を使って説明したり、しっかりとした労働条件通知書で説明したり、労働条件がコンパクトにまとめられた小冊子で説明したりすることが重要です。「言った!」「聞いていない!」のトラブルを避けるために、分かりやすい形で、書面で説明を行いたいですね。
今回の事例でも分かる通り、最初からトラブルを起こすことが目的で入社してくるドライバーも一定数おります。こういったドライバーにあたってしまうのは交通事故に遭うようなもので、完全に防ぐことは難しいです。
ただ、入社時の丁寧な説明と、少しでも早い段階での専門家への相談で、被害を最小限に食い止めることも可能です。常にこういった体制を作っておくように心がけましょう。
