前回は、1年を目安に取り組む中期的な施策として「期待の言語化」「業務マニュアルの整備」「成長を言葉で伝える習慣」についてお伝えしました。今回はシリーズ最終回として、3〜5年という長期的な視点で取り組む「選ばれる職場づくり」についてお話しします。
短期・中期の施策で「ここにいていい」「自分は成長している」と感じてもらえるようになったとしても、3年・5年という時間軸になると、また別の壁が現れてきます。それが「他の職場との比較」です。
どれだけ良い職場であっても、スタッフは外の世界と比べます。そのときに「やっぱりここがいい」と思ってもらえる職場をつくること——それが、長期定着の核心です。
転職した人が「前の職場のほうが良かった」と気づくとき
社会保険労務士として約25年、さまざまな会社に関わってきた中で、数多くの退職者を見てきました。他の職場から誘われ「あちらのほうが良さそう」と転職するケースは非常に多いのですが、転職後に本当に輝いている人は、実はそれほど多くありません。
「隣の芝生は青く見える」という言葉がありますが、転職後に後悔し「前の職場のほうが良かった」と感じている人をたくさん見てきました。給与や休日といった条件面では新しい職場が上回っていても、人間関係や働きやすさ、職場の雰囲気といった目に見えない部分で、前の職場の良さに気づくのです。
だからこそ、自分の職場の強みをスタッフにしっかりと伝えることが重要です。スタッフが「他と比べてもここは良い職場だ」と自分の言葉で語れるようになることが、長期定着への確かな道筋になります。
社長自身が語るより、第三者の言葉が響く
ただし、職場の強みを社長自身がスタッフに伝えようとしても、なかなか響かないことがあります。「自分の職場を自分で褒める」という構図になってしまうからです。
就業規則の作成を通じて多くの経営者にインタビューしてきた経験から言えることがあります。どの職場にも、必ず1つや2つ、他の職場に負けない強みがあります。しかし、それを最も説得力を持って伝えられるのは、さまざまな職場を見てきた第三者です。外部の専門家や、長く在籍しているスタッフの言葉は、社長の言葉以上にスタッフの胸に届きます。
特に、長く働いてくれているスタッフの声は非常に有効です。長く在籍するスタッフには、必ずそれなりの理由があります。「なぜここで働き続けているのか」を聞いてみると、社長が想像もしなかったような強みが見えてくることがあります。その言葉を新人や若手スタッフに届ける仕組みをつくることが、職場の魅力を自然に広げていくことにつながります。
ルールの見える化が「守られている」という安心感をつくる
長期定着を支えるもうひとつの柱が、就業規則をはじめとしたルールの整備です。有給休暇の取得、育児・介護に関する制度、緊急時の対応——こうした権利とルールが明文化されていることで、スタッフは「この職場は自分のことを守ってくれる」と感じることができます。
大切なのは、ルールを整備するだけでなく、「皆さんの権利はきちんと守ります。その代わり、全員が気持ちよく働けるよう、職場のルールも全員で守りましょう」というメッセージをセットで伝えることです。権利と義務をともに言語化することで、スタッフは職場を「公平な場所」として認識できます。
ルールの見える化と職場の強みの発信を同時に行うことで、スタッフに「ここで働き続けたい」と思ってもらえる土台が整います。
「選ばれる職場」は、一日にしてならず
短期・中期・長期と3回にわたってお伝えしてきた施策を振り返ると、共通して言えることがひとつあります。それは、「特別なコストをかけなくても、意識と習慣で職場は変えられる」ということです。
声かけを仕組みにする、期待を言葉にする、成長を伝える、強みを発信する、ルールを整える——どれも派手な施策ではありません。しかし、こうした地道な取り組みを3年・5年と続けていくことが、「ここで長く働きたい」と思われる職場をつくります。
退職を「仕方がなかった」で終わらせない。そのための第一歩は、今日から始められます。まずは自分の職場の強みを、長く働いているスタッフに聞いてみるところから始めてみてはいかがでしょうか。
