セクハラ・パワハラはもはや誰もが知る言葉になりましたが、実際に「訴えがあった時」にどう動くべきかを正しく理解している経営者は、実はそう多くありません。
今回は、あるクリニックのA院長が経験した、パワハラ対応の“失敗談”をご紹介します。他人事ではない、明日は我が身のお話です。
目次
◆「先生、対処してください!」ある朝の電話
いつも無遅刻無欠勤のスタッフ・B子さんが、無断で欠勤しました。心配したA院長が昼休みに電話をかけると、返ってきたのは思いもよらない言葉でした。
「昨日、C子さんからパワハラを受けました。怖くてもう行きたくありません。なんとかしてください!」
C子さんは、仕事もでき、周囲からの評判も良いベテラン看護師。院長自身も頼りにしている人物です。まさかという思いを抱えながら、A院長はC子さんとの面談を決意します。
◆準備不足の面談は、こうして「大失敗」に終わる
「B子が、君からパワハラを受けたと言っている。心当たりはあるか?」
いきなりこう切り出されたC子さんは、当然ながら強く反発します。
「具体的に私の何がいけなかったのですか?先生は聞き取りもせずに、私を犯人扱いするのですか」
怒りと悲しみを滲ませながら、C子さんは院長室を後にしました。この面談は、完全に失敗に終わってしまったのです。
◆専門家が指摘した“初動対応”の落とし穴
途方に暮れたA院長は、旧知の社会保険労務士に相談します。専門家がまず指摘したのは、初動対応の甘さでした。
・ 訴えがあった時点で、「いつ・どこで・誰が・何をしたか」を具体的に聞き取る場を設けるべきだったこと
・ 被害を訴える側には、「ただ話を聞いてほしかっただけで、加害者に伝えて事件化してほしいわけではない」というケースも少なくないため、申告を“事件”として扱うかどうかの意思確認を必ず行うべきだったこと
さらに、被害者・加害者以外の第三者スタッフへのヒアリングも有効な判断材料になること、加害者への聞き取りは「予告なし」で、その場では処分や退職勧奨に踏み込まず、あくまでヒアリングに徹するべきことなど、実践的なアドバイスが続きます。
◆「その指導、本当にパワハラですか?」
1週間後、A院長から専門家に報告の電話がありました。B子さんに改めてヒアリングしたところ、実際にあったのは、大切な医療器具の扱いが雑だったB子さんに対し、C子さんが他のスタッフに頼まれて注意した、という出来事でした。
「その言い方がきつかったのですか?」という問いに、A院長は「私が聞いてもそこまできつくはない。感じ方は人それぞれですね」と答えます。
ここで専門家が付け加えたのが、「職場の特性」も加味されるという視点です。
例えば運送業では、1つのミスが重大事故につながるため、安全運転教育などで多少言葉がきつくなることも、必要な指導の範囲と判断されやすい傾向があります。同じように、人の命と健康を預かる医療現場でも、器具の扱いへの厳しい指導は、必要な指導の範囲と評価される可能性が十分にあるのです(もちろん、限度はありますが)。
◆この事例から学べる3つの実践ポイント
① ハラスメント申告時の対応マニュアルを作っておく
突然やってくる申告に、慌てずヒアリングの順序・ポイントを確認できる体制を、平時のうちに整えておきましょう。
② ハラスメントと認定できない場合は、毅然とした対応を
被害者の感情に引きずられて安易に「ハラスメント認定」してしまうと、今回のように現場の信頼関係を壊しかねません。先入観を持たず、中立的にヒアリングを行うことが大切です。
③ 就業規則・マニュアルの整備で、周知・啓発を行う
中小企業にもパワハラ防止が求められる今、就業規則にハラスメントの定義や禁止行為を明示し、相談体制を整えることは必須です。必要に応じて、研修や小冊子の作成も検討しましょう。
セクハラ、パワハラに続き、マタハラ・スメハラ・カスハラ……ハラスメントという言葉は、今やすっかり定着しました。だからこそ、「訴えがあったら、まずどう動くか」を決めておくことが、経営者にとって最大の防御策になります。
いざという時に慌てないために、マニュアルの整備や、専門家とのパイプ作りを、ぜひ今のうちに進めておきましょう。
