固定残業代・労働時間管理・事故弁償金~運送会社の未払残業代裁判から学ぶ3つの教訓

固定残業代・労働時間管理・事故弁償金~運送会社の未払残業代裁判から学ぶ3つの教訓

令和8年3月25日、札幌地方裁判所で、運送会社を被告とする未払賃金等請求事件の判決が下されました。牛乳輸送を担うトレーラードライバー2名が原告となったこの事件では、会社側に対して合計2,890万円を超える支払いが命じられています。

この判決には、賃金制度・労働時間管理・安全配慮義務という、運送会社が日常的に向き合っているテーマが凝縮されています。今回は、判決内容から3つのポイントを取り上げ、実務上のヒントを整理してみたいと思います。

1.固定残業代の導入は、なぜ無効とされたのか

この会社では、もともと歩合給として売上の15%、旅費日当として月額3万円を通常の賃金として支給していました。ところがある年の4月以降、賃金規程を改正し、歩合のうち3%を評価給に、残り12%を「時間外手当A」に、旅費日当3万円を「時間外手当B」に、それぞれ位置付け直しました。実質的に、通常の賃金の大部分を固定残業代へ付け替える内容です。

会社は社内文書で「不利益変更にならない内容で改正するもの」「支給額が増える事はありますが、減る事はありません」と説明していましたが、裁判所はこの説明を「誤った説明」と断じました。判断のポイントは次の3つです。

  • 就業規則の周知がされていなければ、労働契約法7条による労働条件の変更は認められない
  • 通常の賃金が大幅に減額されるにもかかわらず、激変緩和のための経過措置がなければ、変更後の労働条件は合理的とは認められない
  • 労働者が変更後の契約書に署名押印していても、それだけで労働契約法9条の「同意」があったとは限らない。不利益の内容・程度、変更に至った経緯、事前の説明内容などから、自由な意思に基づく同意と認めるに足りる客観的合理性があるかを慎重に判断すべき(最高裁平成28年2月19日判決参照)

本件では、不利益の程度が大きいうえ、具体的な説明もなく、むしろ「減ることはない」という誤った説明がされていたことから、自由な意思に基づく同意は認められませんでした。固定残業代の導入や賃金体系の見直しは、経営改善のために必要な場面が多くありますが、「変えたい」と「変えられる」の間には高いハードルがあることを、この判決は改めて示しています。

実務上のポイント

  • 変更の必要性・内容を、具体的かつ正直に説明する
  • 急激な負担増を避けるための経過措置(激変緩和措置)を設ける
  • 同意書へのサインだけで「同意あり」と考えない

2.デジタコの記録は、なぜ休憩時間の証拠として認められたのか

もう一つの争点は、運転日報上「休憩・休息」と記録されている時間帯が、実際に労働から解放された休憩時間だったのかという点です。ドライバー側は「その時間も現場での待機や洗車をしていた」「デジタコでは待機時間と休憩時間の区別がつかない」と主張しました。

ここで裁判所が重視したのが、デジタルタコグラフの記録の仕組みそのものです。会社の運転日報は次のような構成になっていました。

  • 「運転」「高速」「アイドリング」→ 機械が自動で記録
  • 「積み」「降し」「待機」→ ドライバーが手動で記録
  • 何も操作せず1分以上停車している時間 → 自動的に「休憩・休息」として記録

つまり、ドライバー自身が「これは待機時間だ」と認識していれば、手動で記録に残せる仕組みが、もともと会社に用意されていたということです。裁判所は、事業場外で単独業務に従事するケースでは、こうした管理方法にも相応の合理性があると評価し、特段の事情がない限り、運転日報の「休憩・休息」記録どおりに休憩時間を認めるという判断を示しました。

なお、休憩の一斉付与の原則(労働基準法34条2項)は運送業には適用されないこと(同法別表第一4号、同法施行規則31条)も、あわせて確認されています。

実務上のポイント

  • デジタコの「手動記録できる仕組み」自体が、適正な労務管理の証拠になり得る
  • ドライバーへの操作方法の周知・徹底が、後々の労働時間紛争で会社を守る材料になる。運用が形骸化していれば、この理屈は使えない

3.長時間労働による安全配慮義務違反と、事故弁償金の天引き

原告の一人は、発症前1か月間で117時間10分の時間外労働をした後、急性心筋梗塞と労作性狭心症を発症しました。厚生労働省の労災認定基準(発症前1か月におおむね100時間、または発症前2〜6か月間、月平均おおむね80時間超)に照らし、裁判所は業務との関連性を認め、会社の安全配慮義務違反を認定しています。喫煙・糖尿病・脂質異常症といった基礎疾患もあったため、慰謝料は50万円、弁護士費用5万円にとどまりましたが、長時間労働をさせたこと自体が会社の責任として認められた点は重く受け止める必要があります。

もう一つ、実務でよく見かけるのが「事故弁償金の給与天引き」です。本件でも、単独事故を起こしたドライバーが、会社の負担した20万円のうち10万円を、給与から毎月天引きで弁済させられていました。裁判所は、業務上の軽過失にとどまる事故について労働者に負担させることの合理性は慎重に検討すべきとしたうえで、この天引きは労働者の「自由な意思に基づく同意」とは認められないとし、賃金全額払の原則(労働基準法24条)違反と判断しました。

ここからは私見になりますが

事故弁償金の天引きという制度は、法的に勝てるか負けるかという以前に、現場のドライバーから最も嫌われる制度の一つだと、私は以前から感じています。「ちょっとした接触事故でも給与から天引きされる」という会社に、優秀なドライバーが長く在籍したいと思うでしょうか。

トラック新法がスタートし、荷主に対する適正な運賃収受が進んでいく一方で、運送会社の生き残りを左右するのは「ドライバーを確保できるか」「自社の車両・自社のドライバーでどれだけ回せるか」という点に、これまで以上に集約されてきています。そうした時代に、この種の「昭和的な」制度をいまだに残しているのは、法的リスク以上に経営上のリスクだと考えます。事故の再発防止は、天引きではなく、教育や運行管理の仕組みで対応する。この発想の転換が、これからの運送会社には求められているのではないでしょうか。

まとめ

今回の判決は、賃金制度・労働時間管理・安全配慮義務という、運送会社の労務管理の根幹に関わる3つのテーマについて、裁判所の考え方を示す貴重な事例です。特に固定残業代の導入や歩合給の組み替えを検討している会社、デジタコの記録運用を見直したい会社、事故弁償金のルールが昔のまま残っている会社にとっては、実務対応を点検する良いきっかけになるのではないでしょうか。

なお、この事件にはもう一つ、本丸ともいえる大きな争点があります。次回のブログでは、その点を詳しく取り上げたいと思います。