近年、医療機関でも精神疾患による休職は珍しくなくなりました。
誠実に対応しようとした院長が、初動の一つのミスによって大きなトラブルに巻き込まれてしまった事例をご紹介します。
目次
突然の休職申し出
月曜の朝、スタッフのB子から診断書を持って申し出がありました。
「体調が優れず、診察を受けてきました。しばらく仕事を休ませてください」
A院長は人手不足の中でも「しっかり治して復帰してくれれば」と快く受け入れました。他のスタッフも「苦しいときは助け合うのが当たり前」と快く協力を申し出てくれました。
A院長はスタッフたちの温かさに感激し、B子には「ゆっくり静養して、しっかり治してください」と伝えました。
変わり始める院内の空気
B子が休み始めて3カ月が経ちました。インフルエンザの流行も重なり、残ったスタッフの疲労は限界に達しようとしていました。
リーダー的存在のC子がついに口を開きます。
「B子はいつになったら復帰できるのですか?めどが分からないなら、新しいスタッフの補充も考えてください。もう限界です」
A院長は休み始めてから一度もB子に連絡を取っていませんでした。慌てて電話をすると、「少しずつ良くなっているが、復帰はまだ見えない」との返答。
その後も定期的に連絡を取りましたが、状況は変わらず、A院長の焦りはついに言葉になってしまいます。
「いつになったら復帰できるのか。いつまでも待てるわけじゃない」
この言葉に、温厚なB子も感情的になりました。「ゆっくり治すように言ってくれたじゃないですか。好きで病気になっているわけじゃない」
それ以降、A院長はB子に連絡が取れなくなってしまいました。
社労士への相談で発覚した「致命的なミス」
精神的に追い込まれたA院長は、知り合いの社会保険労務士に連絡を取りました。
まず就業規則を確認すると、勤続年数に応じた休職期間の定めがありました。B子の場合、最長6カ月の休職が可能で、すでに5カ月が経過していました。
「あと1カ月で区切りがつく」とA院長がほっとしたのも束の間、社労士からの一言に顔色を失います。
「B子さんに、きちんと休職命令を出しましたか?」
休職制度は法律で定められたものではなく、就業規則に基づく制度です。そのため、会社側が明確に「いつから休職を命じる」と指示しなければ、制度はスタートしません。A院長はその手続きを踏んでいませんでした。
「では今のB子は、法律上どういう状況ですか?」
「大変申し上げにくいのですが……ただ単に休んでいるだけです」
つまり、休職期間のカウントすら始まっておらず、このままでは無期限に待ち続けることになりかねない状況でした。
丁寧な面談で、穏やかな解決へ
社労士のアドバイスのもと、A院長はB子との面談を設けました。面談では次の点を丁寧に伝えました。
- 休職開始時の説明が不十分だったことへの謝罪
- 傷病手当金は退職後も一定期間継続して受け取れること
- 体調が回復した際には、復職を前向きに検討する意向があること
その結果、B子は退職を選びました。「みんなに迷惑をかけて申し訳なかった。でも経済的な不安があって、自分から言い出せなかった」と本音を話してくれました。傷病手当金が退職後も続くと知り、とても安心した様子だったといいます。
他のスタッフも、B子のことを嫌っていたわけではありませんでした。むしろ「人手が足りないときには戻ってきてほしい」と歓迎する声が上がり、そのことを伝えるとB子は感謝してくれたそうです。
今回の事例から学べる3つのポイント
A院長の対応は、悪意があったわけではありません。むしろ誠実に対応しようとした結果でした。それでもトラブルになったのは、制度の知識が不足していたからです。同じ失敗を繰り返さないために、押さえておきたいポイントを整理します。
【ポイント1】休職は命令がないとスタートしない
休職に入る際は、必ず書面で休職命令を発令してください。休職期間の開始日・終了日、期間中のルール(連絡頻度、療養専念義務など)を丁寧に説明することが不可欠です。
【ポイント2】就業規則の休職条文を見直す
休職条文でよく見られる問題点には次のようなものがあります。
- 休職要件に精神疾患への対応で不利な表現が含まれている
- 療養専念義務が定められていない
- 診断書の内容に疑義がある場合の対応(指定医への受診など)が定められていない
- 休職と復職を繰り返す場合の対応が定められていない
- 期限までに復職できない際の退職理由が明確でない
- 復職時の試し勤務や短時間勤務のルールが定められていない
【ポイント3】時代に合った就業規則を整備する
精神疾患による休職への対応は、以前と比べて多様化・複雑化しています。就業規則を見直したうえで、スタッフへの説明も改めて行いましょう。図解入りの小冊子などを活用すると、より伝わりやすくなります。
おわりに
精神疾患での休職対応は、初動の一つのミスが長期化するトラブルに発展することがあります。「善意で対応した」だけでは防ぎきれないケースも多く、制度の理解と就業規則の整備が何より重要です。
対応に不安を感じている院長先生は、ぜひ一度、専門家にご相談ください。
