うちにも来た「退職代行」―これは有効なの?

うちにも来た「退職代行」―これは有効なの?

〜突然の連絡に慌てないための、労務管理の基本〜

最近、何かと耳にするようになった「退職代行」。医療機関でも例外ではなくなってきました。

今回は、実際にその現場に直面したA医院のA院長の体験を紹介します。

突然の退職代行――A院長の長い一日

「先生、今日B子さんがまだ出勤していないんですが、何か聞いていますか?」

月曜の朝、受付スタッフの問いかけにA院長は首をかしげた。

「いや、聞いてないな……。なにも連絡ないの?」

「はい、電話も繋がりません。」

(まさか事故……?)と胸騒ぎを感じたそのとき、医院の電話が鳴った。

「はい、A医院です」受話器を取ったスタッフの表情がみるみるこわばっていくのが分かった。

「先生……退職代行サービスの方からです。」

「退職代行?」A院長は、不安に感じながら半信半疑で受話器を取ると、相手はこう告げた。

「退職代行サービスの○○です。B子さんよりご依頼を受けまして――本日より出勤はしないとのことです。残っている有給休暇18日を消化し、最終的に退職の手続きをお願いしたいと……。」

「えっ……退職代行? 有給? 今日から来ない?」

A院長は、こみ上げる怒りと困惑で思わず受話器を握る手に力が入った。

頭が真っ白になりながらも、なんとか「いったん検討して折り返します」と伝え、診療もそこそこに、私に連絡をしてきたのでした。

困惑する院長と冷静な助言

私は、A院長の話をひとしきり聞いた後、ゆっくりと諭すように答えた。

「先生、結論から申し上げます。退職は受け入れるしかありません。」

「えっ……? 本人からの直接連絡もないのに? しかも有給つかって即日退職……。」

「民法上、労働者は2週間の予告で退職できる権利があります。さらに有給休暇の取得も権利です。本人が“今日から来ない”と言えば、それを拒むことはできません。また代行業者が介在していても、非弁行為になるかどうかは気になりますが、拒否するのは難しいでしょう。」

「でも……引き継ぎも何もないまま、突然辞めるなんて。事務スタッフが1人になってしまうことも分かっていたはず。そんなの無責任じゃないですか!」

「お気持ちはよく分かります。だからこそB子さんは顔を合わせて話すことができず“代行”を使ったのかもしれません。」

A院長はしばらく沈黙したのち、しぼり出すように言いました。

「わかりました。受け入れるしかないんですね……。」

1ヶ月後――少しだけ前を向けた院長

約1か月後の午後、久しぶりにA院長から電話が入った。

「ようやく新しい事務スタッフが決まりました。あのときは本当にお世話になりました。」

そう話すA院長の声には、以前の焦りや不安はなく、落ち着きが戻っていた。

「それはよかったです。B子さんと連絡は取れましたか?」

「いえ、本人とは連絡がつきませんでした。でも、うちのスタッフから聞きました。どうやらB子は、旅行が好きだったようで“まとめて有給を取りたい”って、採用面接のときにちょっとだけ言っていたらしいんですよ。私も……そう言われてみれば、そんな気がしまして・・・」

「もしかしたら、皆さん“忙しそうだから言いづらかった”のかもしれませんね。」

「そうかもしれません。実は、採用後も、忙しさにかまけて就業規則の説明もちゃんとしてなかったんです。本人も何も言わなかったですし、いつもバタバタで……。」

失敗を次に活かすために

「今後、同じようなことが起きないようにするには……どうしたら?」

こんな思いは二度としたくないというA院長に対し、私は穏やかに答えた。

「いくつかポイントがあります」

① 採用時に「退職証明書」を確認する

前職での勤務実態や退職理由を把握でき、問題のある応募者を見抜く手がかりになります。

退職理由が曖昧なままだと、似たようなケースが再発しやすいです。

② 採用面接ではネガティブ情報もあえて開示する

業務の厳しさ・忙しさなど、ネガティブ情報もあえて開示することで、入職後のギャップを防止できます。

「思っていた仕事と違う」というギャップが、退職代行を使うきっかけになりやすいのです。

③ 入職前後に就業規則・賃金規定をきちんと説明する

渡しただけでは意味がありません。詳細をまとめた小冊子を用意し、入職前後にしっかり共有することで、後々の「聞いてない」トラブルを防げます。

④ 入職後のフォロー面談をルール化する

・1週間後・1ヶ月後・1年後。の3回だけでも構いません。

「困っていないか?」「聞きたいことはないか?」と気軽に声をかけることで、早期離職を防ぐことができます。

“気にかけてもらっている”と感じてもらうことが、定着率を大きく上げます。

A院長はひとしきり話を聞いたのち、こう言いました。

「退職代行って、特別な問題じゃなくて、労務管理の甘さが原因だったんですね…。今回は本当にいい勉強になりました。」

そう語ったA院長は、すぐに行動を開始しました。

「今回入ったスタッフのフォローに向けて、小冊子を作って、定期面談も実施します。」

今回の件から学べる5つの実践ポイント

  • 退職の自由は法律で保護されている。労働者の退職は原則14日で成立。有給休暇も拒否できず、代行業者経由でも拒否するのは難しい。
  • 「退職証明書」の活用で採用リスクを減らす。前職の勤務実態や退職理由を把握し、問題のある応募者を見抜く手がかりにする。
  • 採用面接では業務のネガティブ情報もあえて開示する。入職後のギャップを防止し、早期離職を減らす。
  • 「小冊子」の整備。就業条件やルールをまとめた小冊子を用意し、入職前後にしっかり共有する。
  • 入職後のフォロー面談をルール化する。1週間後・1ヶ月後・1年後の3回だけでも「気にかけてもらっている」と感じてもらうことが早期離職を防ぐ。

退職代行という“非常事態”の裏側には、小さな見落としの積み重ねが潜んでいることがあります。

だからこそ、日常の管理や仕組みを少し見直すだけで、防げるトラブルは多いのです。

今日の小さな対策が、明日の大きな安心につながります。