運送会社の経営者が「うちは大丈夫」と言える理由——その自信の落とし穴

運送会社の経営者が「うちは大丈夫」と言える理由——その自信の落とし穴

運送業の経営者の方々とお話をしていると、不思議に感じることがあります。

人材の採用・定着や運賃交渉といった話題になると、多くの経営者は険しい表情で「本当に厳しい」とおっしゃいます。しかし、未払い残業代のリスクについて話を向けると、表情がガラリと変わります。「うちは未払いに関しては大丈夫だから!」と、なぜか自信満々におっしゃるのです。

正直に申し上げると、私の率直な感想は「……どこからその自信が湧いてくるんだろう」というものです。これは経営者の方を批判したいのではありません。おそらく、リスクの「見方・目の付け所」の違いから来ているのだと思います。

「監督署のお墨付き」という錯覚

ヒアリングをしていくと、多くの経営者からこんな言葉が出てきます。「以前、労働基準監督署が監査に来て、労働時間については指摘を受けたけれど、未払いについては何も言われなかった。だから問題ない。」

その背景には、さまざまな賃金支払いの慣行があります。「○○手当を残業代として支払っている」「歩合給を残業代として支払っている」「売上の40%をドライバーに支払っているが、明細上は基本給・残業代・歩合給不足時の調整給に分けている」——こういった賃金体系について、監督署から特段の指摘を受けないケースも実際にあるようです。

だから、「うちはちゃんとやっている」という確信が生まれるわけです。しかし、ここに大きな落とし穴があります。

監督署と裁判所では、見ている基準が違う

私が違和感を覚えるのは、視点が「監督署目線」に固定されているからです。私自身は、常に「弁護士・裁判所目線」でリスクを見るようにしています。

この二つの目線は、まったく異なります。監督署が行政指導のうえでスルーするような賃金体系でも、弁護士や裁判所が判断すると「アウト」になるケースが非常に多いのです。

先ほどの例で言えば、「手当を残業代として支払っている」場合でも、その手当が割増賃金の要件を満たしているかどうかは法的な観点から厳密に審査されます。「歩合給で残業代を相殺している」という考え方も、簡単には認められません。売上比率で分配している場合も、基本給・残業代の区分けが実態を反映しているかどうかが厳しく問われます。

監督署の監査を無事に通過したことは、「裁判でも勝てる」ことを意味しません。そこが、多くの経営者に見落とされている重大なポイントです。

これからの脅威は「弁護士」である

運送会社が未払い残業代問題で向き合う相手は、もはや監督署だけではありません。これからは、弁護士・裁判所こそが主戦場となります。

労働問題に強い弁護士は、ドライバーの立場で残業代請求の訴訟を起こすビジネスとしても動いています。未払い残業代が認定されれば、過去3年分(場合によっては遅延損害金や付加金も)にさかのぼって請求されます。一人のドライバーだけでなく、複数の従業員が同時に請求する事態になれば、会社の経営を直撃する規模の金額になりかねません。

私の肌感覚では、弁護士・裁判所目線で十分な対策が取れている運送会社は、全体の1割にも満たないのではないかと感じています。それだけ多くの会社が、知らず知らずのうちにリスクを抱えている状況です。

視点を切り替えた会社が生き残る

運送業界は今、働き方改革や時間外労働の上限規制(いわゆる「2024年問題」)への対応で大きな転換期を迎えています。そのような環境変化の中で、未払い残業代のリスクを「監督署に指摘されなければOK」という古い感覚で放置し続けることは、非常に危険です。

今こそ、視点を「弁護士・裁判所目線」に切り替え、自社の賃金体系が法的に耐えられるものかどうかを見直すタイミングです。賃金規程・就業規則の整備、固定残業代の適切な設計、賃金台帳の管理体制——これらを早めに手がけた会社が、将来の訴訟リスクを回避し、ドライバーからも選ばれる会社として生き残っていけるはずです。

「うちは大丈夫」という自信が根拠のあるものかどうか、一度立ち止まって確認してみてください。その一歩が、会社を守る最大の対策になります。